※この記事について
中国語が分からない日本人が、わからないなりに調べた記事です。杜牧『池州清溪』に「弄溪終日到黄昏」という句があること自体は本当で『全唐詩』で確認できます。
ただ、乔弄溪という人物名そのものの命名元がこの詩である、と公式に言われているわけではございません。「へえー」くらいで楽しんでください。
これ、ちょっとネタバレ?
いや、ほんとにPART1のほんとのほんとに最初のシーンだから、もういいってことにしたいんですけど、気になる人はスルーしてね。
てか、まず見てくれればいいんじゃね?

『Dear Professor』Part1の自分用字幕を作っていて、???なところがありまして。
それが、乔弄溪(ノンノン)の名前。作中でノンノンが、自分の名前について、

「私の名前、ちょっと変わってて」
「乔弄溪って、ちょっと言いにくいんです」
みたいなことを言うシーンがあります。
それに対して舒教授は、「変わってないよ」と返したあと、こんな話をするんですよね。

英語字幕では、
It sounds like “playing by the stream all day till dusk”
Very poetic
ざっくり日本語にすると、
「一日中、小川で遊んでいたら、もう夕暮れ。みたいな響き。」
「とても詩的だね」
って感じでしょうか。ここでファーストイチャコラするわけですが、私、思ったんですよ。
なんでいきなり川出てくる?
まあ、川で遊んでたら夕暮れになるだろうけども。
「弄溪」って何?
「弄溪」という言葉自体に、そういう意味があるのかな?って思って調べてみた。
すると。
唐代の詩人、杜牧(とぼく)の『池州清溪』という詩にたどり着きました。
その詩の中に、こんな一句がありました。
弄溪終日到黄昏
なんです。
ほぼ、まんま。
「弄溪終日到黄昏」
「終日」は、一日中。「黄昏」は、そのまま黄昏、夕暮れ。
そして「弄溪」は、ここでは渓流で遊ぶ、戯れるような意味のようです。
つまり、
弄溪終日到黄昏
は、大まかに言えば、
「一日中、渓流で遊んで、黄昏まで」
という情景を表すポエムなんですね。
そしてドラマの英語字幕は、
playing by the stream all day till dusk
「一日中、小川で遊んで、夕暮れまで」
やっぱりまんま。
しかも名前が「乔弄溪」
ここでつまりは乔弄溪ですよ。
杜牧の詩は、
弄溪終日到黄昏。
名前の「弄溪」が、そのまま入っています。
そうかなるほど。
これは中国だと有名な詩なのかしら?
いや、ひょっとして日本でも有名なの?
存じ上げなくてごめんなさい。
とにかく、あの突然出てきた謎フレーズ、
「川で遊んでいたら夕暮れ」
唐詩から飛び出てきたようです。
「Very poetic」って、そういう?
そして、その次の英語字幕が、
Very poetic
中国語では「意境」という言葉が使われていて、これは言葉や作品から感じられる情景、趣、詩的な雰囲気のようなニュアンスを持つ言葉です。
だから単純に、
「いい名前だね」
というより、
「情景が浮かぶ、趣のある名前だね」
みたいな感じなんだと思います。
ノンノン本人は、自分の名前を「ちょっと変わっている」と思っている。
でも舒教授は、「変わってないよ」と言って、その名前から美しい情景を拾って返す。
唐詩を使って。
なんてハイソ!!そりゃ好きになるわ。笑
そして自分バージョン字幕
自分バージョンの日本語字幕を作っていたとき、この部分をどう訳すかは悩みました。
最初は、
小川で遊んで、気づいたら夕暮れになってる。そんな情景が浮かぶ。
としていました。でも、
「そんな情景が浮かぶ」って、普通言う?
いや、言わない。いや、そんなん言われたらかっこいいか?キュンとはするかも。
(どうでもいいところで悩む)
なので、
小川で遊んで、気づいたら夕暮れになってる。詩的な名前だね。
にしました。Very poeticだからね。詩っていうか、唐詩が後ろにいたようです。
なるほどなぁ。今日もたいへん勉強になりました。
おまけ:で、杜牧(とぼく)って誰よ?
杜牧(とぼく)さんは、唐の時代の有名な詩人。803年生まれ、852年没。
日本でいうと平安時代。
平安で書く人といえば、紫式部。式部姐さん。
ただ、調べてみたら杜牧さんは、姐さんより150年くらい前の人みたいです。
そして唐には、杜甫(とほ)さんという超有名人がいます。
この人はさすがの私も名前を知ってる。
たぶん高校で漢詩を習った。たぶん。
奥が深いぜ、Professor!!


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